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【阪神】石井大智、頭部に打球直撃 ストレッチャーで搬送される

阪神タイガースの石井大智投手(27歳)が試合中、頭部に打球を受けるというショッキングな出来事が起こりました。9回から登板した石井投手は、広岡大志選手(28歳)の強烈なライナーを頭部に受けました。その打球はそのまま勢いよく三塁ベンチ方向に跳ね返りました。観客は悲鳴を上げ、試合は即座に中断されました。石井投手はストレッチャーに載せられ、フィールドを後にしました。球場の正面にはすぐに救急車が到着し、救急隊が一塁側ベンチのすぐ裏に急行しました。石井投手は頭や首を固定された状態でストレッチャーで搬送されました。試合は無死一塁の状況から再開され、湯浅京己投手(25歳)が急遽登板しました。

【阪神】小幡竜平、復帰し選手登録「心配ありません」左足の怪我から復活 渡辺諒が登録抹消

阪神の内野手、小幡竜平(24歳)が選手登録されました。2軍戦から実戦復帰し、2日後には1軍に昇格しました。5月11日の中日戦(甲子園)で、試合中にコンディション不良を訴えて5回終了時に交代。翌日の12日には「左下肢の軽度の筋挫傷」と診断され、選手登録を一時抹消されていました。復帰後は6月4日のウエスタン・リーグ、くふうハヤテ戦(SGL)で「1番・遊撃」として出場し、第1打席で左前打を放ちました。さらに、翌5日の試合にも「2番・遊撃」で先発し、3打数1安打1盗塁を記録しました。小幡選手は「チームに貢献することだけに集中しています。問題なくプレーできているので、大きな心配はありません」と、自信を見せました。怪我の調整期間中については、「身体についてしっかりと知識を深めました。怪我をした箇所以外にも、身体の使い方に改善が必要だったので、そこにフォーカスして取り組んできました」と話しました。一方、渡辺諒内野手(30歳)は選手登録が抹消されました。彼は今季開幕を2軍で迎え、4月4日には1軍へ昇格。その後は主に代打として出場し、打率1割6分7厘を記録していました。

「生活習慣への警鐘」阪神土曜競馬で注目の馬名が同じ枠に!

```html 7日(土曜)の阪神競馬12R(1勝クラス、ダート1400メートル、16頭立て)では1枠1番にイエデゴロゴロ(牝4、秋山騎手)、1枠2番にガンマジーティーピ(牡3、渡辺騎手)がエントリーしています。イエデゴロゴロの名前の由来は「家でゆっくり過ごすこと」、ガンマジーティーピは「ガンマGTP」。X(旧ツイッター)上では「家でゆったりしながらお酒を飲むと、γ-GTPが上がるというメッセージかも」「健康に気をつけなくては」という反応が寄せられています。イエデゴロゴロはユニークな馬名で知られるオーナー小田切光氏の馬です。ガンマジーティーピは、今回ダートレース初挑戦として武豊騎手と再びコンビを組むことになっています。 ``` This version maintains the cultural context and pays attention to how the content might be perceived by...

元前頭藤ノ川で東海学園大教授の服部祐兒さん死去 アマ最強と言われ角界入りもけがで26歳で引退

大相撲の元前頭藤ノ川で東海学園大教授の服部祐兒(はっとり・ゆうじ)さんが6日午前5時43分、肝臓がんのため死去したことが分かった。64歳だった。親しい関係者によると「最近は自宅で過ごしていたのですが、容体が急変した」という。23年夏に背中の痛みを訴え、脊髄の手術を受けたが回復せず、その後、盲腸がんであることが検査により判明。同11月に再び手術を受け、抗がん剤治療なども続けていたが、肝臓にも転移。大阪や愛知で治療などを行っていた。昨年9月まではオンラインなどで東海学園大の会議などに参加していたものの、今年5月以降は自宅で完全静養していた。服部さんは1960年生まれ、愛知・大府市出身。東海高から同志社大へと進学した。高校時代に全国総体(インターハイ)制覇、大学時代は学生横綱、アマ横綱を獲得してアマ最強と言われ、83年に伊勢ノ海部屋に入門。順調に85年に幕内に昇進したが、けがの影響で87年に26歳で引退。最高位は前頭3枚目だった。大相撲の世界には残らずアマ相撲の指導者を目指し、筑波大の大学院で体育学修士の学位を得た。東海学園大相撲部の監督などを経て、現在は同大経営学部経営学科の教授を務めていた。日本相撲連盟の評議員としても相撲普及に尽力していた。

【巨人】浅野翔吾が右手首の骨折で登録抹消 5日に死球くらい交代

巨人浅野翔吾外野手(20)が6日、右尺骨茎状突起不全骨折のため登録を抹消された。今後は故障班に合流し、リハビリを行う。5日の日本生命セ・パ交流戦ロッテ2回戦(ZOZO)マリンの5回にロッテ種市の149キロの直球を右手首に受けていた。トレーナーらに連れられベンチに下がったものの、治療を終えるとグラウンドへと駆けだしたが、6回裏の守備で途中交代し、その後に千葉県内の病院で診察を受け、この日に都内の病院を受診していた。浅野は5月7日に1軍昇格後、19試合に出場し、55打数10安打2本塁打、打率1割8分2厘の成績を残していた。【関連記事】巨人ニュース一覧はこちら―>

金髪から黒髪に変えた那須川天心、迫る世界戦に向けた「黒く塗りつぶせ」

プロボクシングWBC世界バンタム級1位の那須川天心(26歳、帝拳)は、6日に東京・後楽園ホールで行われた世界前哨戦に向けた公式会見に参加しました。ノンタイトル10回戦で対戦するWBA世界同級6位のビクトル・サンティリャン(29歳、ドミニカ共和国)と初めて顔を合わせ、会見後には並んで写真撮影にも応じました。会見の前日に金髪から黒髪に変えて登場した那須川は、「金髪がトレードマークだというのは、周りが勝手に思っていることです。今回は黒にしてみました」と笑顔を見せました。サンティリャン戦でのコスチュームが黒を基調にしていることから、「黒く染めました。これは矢沢永吉さんの曲『黒く塗りつぶせ』のように黒くしたというわけです。それに、若返ったと言われましたね」と語り、髪色を変えた理由を明かしました。また、右側頭部には漢字の「天」をモチーフにしたロゴをバリアートしました。那須川は、「これは狙いですか?少し黒なので、自分のチームTENSHINのグッズの漢字の『天』と合わせています。コスチュームもグッズと連動することを意識しました。みんなの思いを乗せたそり込みです」と強調しました。

栗山英樹氏、長嶋茂雄さん邸に2時間20分の弔問訪問 大谷選手の二刀流も後押しされ「一言直接お礼を…」

北海道日本ハムファイターズの栗山英樹CBO(64歳)は6日、3日に肺炎で89歳で亡くなった巨人の終身名誉監督である長嶋茂雄さんの自宅を訪れ、弔問しました。午前9時30分頃に次女の三奈さんに迎えられ、約2時間20分滞在した後、11時50分頃に同じく三奈さんに送られながら自宅を後にしました。栗山氏は、「今日の朝、アメリカから帰国したばかりで、どうしようかと悩みましたが、どうしても一言お礼を言いたくて訪問させていただきました」と話しました。長嶋さんと対面し、「私が長嶋さんに何かを言う立場ではないのですが、今のプロ野球があるのは、皆の応援を含めて長嶋さんのおかげだと思います。節目ごとに二刀流のことや監督就任の際に訪問してお話を伺っていたので、直接お礼を言いたかったです」と感謝の意を示しました。栗山氏の訪問前には、元広島東洋カープ監督の山本浩二氏(79歳)が弔問し、その後、元巨人の柴田勲氏(81歳)も3日連続で訪れています。3日には、ソフトバンクホークスの球団会長、王貞治氏(85歳)や、巨人の2軍野手総合コーチの川相昌弘氏(60歳)、谷佳知(52歳)・亮子(49歳)夫妻なども弔問に訪れました。4日朝には、ヤンキースGM付特別アドバイザーの松井秀喜氏(50歳)が訪れ、元巨人の中畑清氏(71歳)、元巨人監督の高橋由伸氏(50歳)と妻で元日本テレビアナウンサーの小野寺麻衣さん(49歳)も訪問しました。そのほか、前日本ゴルフツアー機構会長の青木功氏(82歳)、セガサミーホールディングス株式会社の代表取締役会長、里見治氏(83歳)、柴田氏、元巨人の定岡正二氏(68歳)、篠塚和典さん(67歳=日刊スポーツ評論家)、元西武の松坂大輔氏(44歳)らも弔問しています。5日には、柴田氏が2度目の訪問をし、元NHKアナウンサーの青山祐子さん(52歳)も自宅を訪れました。

【阪神】長嶋茂雄さん偲び甲子園に半旗 3日に亡くなってから初めての同球場での試合

3日に89歳で亡くなった巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんをしのんで甲子園に半旗が掲げられた。阪神は3日からはエスコンフィールド日本ハムと3連戦。この日は長嶋さんが亡くなってから初めての甲子園での試合となる。【関連記事】阪神ニュース一覧>>

長嶋茂雄さん関係者が自宅前で報道陣にすいか振る舞う ワンハンドサイズにカットの心遣い

3日に巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんが肺炎で死去して3日目の6日、長嶋さんの関係者が都内の自宅前で報道陣にすいかを振る舞った。午後1時10分、長嶋さんの専属広報を務めた小俣進さんが自宅から出てきた。お盆にワンハンドサイズに丁寧にカットされたすいかが乗っていた。都内の最高気温が30度近くに達した中、自宅に詰めかけた30人以上の報道陣に涼しい夏の味を届けてくれた。この日は、午前中に日本ハムの栗山英樹CBOや元広島監督の山本浩二氏が弔問。その後は元巨人の柴田勲氏も3日連続で自宅に訪れていた。柴田勲氏、3日連続で長嶋茂雄さんを弔問 山本浩二氏、栗山英樹氏も訪れ、次女三奈さんとも挨拶

3日連続で弔問に訪れた柴田勲氏「明日も来るように言われている。毎日毎日…」長嶋茂雄さんは「オレの兄貴」

元巨人の柴田勲氏(81)は6日、3日に89歳で亡くなった巨人終身名誉監督の長嶋茂雄さんの自宅を3日連続で弔問しました。午前10時10分頃に到着し、自宅に入りました。 弔問を終えた柴田氏は、「毎日来ている。毎日毎日、明日も来るように言われている。俺の兄貴みたいな存在だからね。野球選手として一番親しくさせてもらったから」と語りました。 自宅での時間については、「いろいろな人が訪れるので、私はただ待機していて、合間を見つけて長嶋さんと話すだけ。何よりも、遊びの面では一番長嶋さんと一緒に楽しませてもらったから。特に、近所に住んでいた土井のしょうちゃんと一緒に。晩年はご病気のためになかなか会えなかったけど、それ以前は頻繁に家に遊びに来て仲良くさせてもらった。だから最後くらいは毎日来たいと思っている」と話しました。 長嶋さんから現役最後に使ったグラブをもらったという思い出も語り「ゴルフは年に15回くらい行っていた。家が近いから、前日に『柴田、ゴルフ行くぞ』と電話が来て、翌朝には一緒に出掛けていた。他の選手とはそこまで気軽に話すことはできなかったけど、俺は近所で後輩だったし、気楽な関係だった」と語りました。 この日の午前8時半過ぎには元広島監督の山本浩二氏(79)が弔問し、午前9時半には日本ハムの栗山英樹CBO(64)が訪れて、次女の三奈さんに迎えられ約2時間20分滞在しました。 長嶋さんの自宅には、3日にソフトバンク王貞治球団会長(85)や巨人の川相昌弘2軍野手総合コーチ(60)、谷佳知(52)・亮子(49)夫妻が弔問。 4日には早朝にヤンキースGM付特別アドバイザーの松井秀喜氏(50)が訪問し、その後、元巨人の中畑清氏(71)、元巨人監督の高橋由伸氏(50)と妻の小野寺麻衣さん(49)も弔問に訪れました。また、日本ゴルフツアー機構前会長の青木功氏(82)、里見治セガサミーホールディングス株式会社代表取締役会長(83)、柴田氏、元巨人の定岡正二氏(68)、篠塚和典氏(67=日刊スポーツ評論家)、元西武の松坂大輔氏(44)らも参列しました。 5日には柴田氏が再び弔問し、元NHKの青山祐子アナウンサー(52)も訪れました。