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元横綱白鵬の親方退職「宮城野名跡」6・9付で年寄伊勢ケ浜こと杉野森正也が継承襲名と決定

歴代最多45度の優勝を誇る元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会から退職する。2日、同協会が都内で開いた臨時理事会で、昨年4月から閉鎖になっている宮城野部屋、宮城野親方の退職を容認した。終了後、取材に応対した佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)西岩親方(元関脇若の里)によると「6月9日付の退職届を受理する」ことが審議の末、承認された。同日付で年寄伊勢ケ浜こと杉野森正也が、宮城野名跡を継承襲名する。全会一致で決まった。7月6日以降は参与としても雇用が認められ、伊勢ケ浜部屋に所属することにもなった。宮城野親方は昨年、元前頭北青鵬の暴力問題について監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受けていた。部屋は閉鎖、昨年4月に師弟ともに伊勢ケ浜部屋へ転籍していた。1年たっても部屋の再開にめどが立たないこともあり、宮城野親方は退職届を協会に提出。角界を離れることになった。

【全文】日本相撲協会、宮城野親方の退職に関する経緯を発表。九州場所後の預かり解除案も慰留を試みたが退職の意向

歴代最多45度の優勝を誇る元横綱、白鵬の宮城野親方(40歳)について、日本相撲協会は正式に退職を承認しました。協会は2日に都内で開かれた臨時理事会で、昨年4月から閉鎖されていた宮城野部屋と宮城野親方の退職を全会一致で容認。彼の退職願は9日付で受理される予定です。協会が発表した決定事項とその経緯について、以下に詳細を記載します。伊勢ヶ濱部屋の継承および宮城野部屋の今後について令和7年6月2日公益財団法人日本相撲協会令和6年2月23日の理事会では、年寄宮城野としての白鵬翔が、弟子の暴力行為に関する監督責任や協会への通報義務違反、協会の調査の妨害行為で懲戒処分を受けました。その際、師匠としての素養や自覚が欠けていることが確認されたため、弟子たちは伊勢ヶ濱一門で預かられ、師匠・親方としての指導・教育が進められることになりました。しかし、宮城野から令和7年6月9日付の退職願が提出され、本日の理事会では伊勢ヶ濱部屋で預かられている宮城野の弟子たちをどう処遇するかが議論されました。浅香山理事、伊勢ヶ濱親方、春日野理事からそれぞれ状況報告がありました。浅香山親方は、「一年間再開のための話し合いを重ねてきたが、退職の意向を示す宮城野親方を思い留まらせるのは難しかった」と報告しました。また、伊勢ヶ濱親方も「説得を試みたが、宮城野自身の意志が強かったため、慰留できなかった。弟子たちを心配しており、伊勢ヶ濱部屋での預かり継続を望んでいた」と伝えました。これらの報告を受け、理事会は宮城野親方の退職願受理を決定。宮城野部屋の力士たちについては、伊勢ヶ濱部屋での預かり継続を全会一致で決定しました。その後、伊勢ヶ濱こと杉野森正也が宮城野師範名跡を継承、照ノ富士こと杉野森正山が伊勢ヶ濱名跡を継承し、全ての決議が全会一致で可決されました。伊勢ヶ濱正也は7月6日以降、参与として伊勢ヶ濱部屋に所属します。以上(原文まま)宮城野親方は、元前頭北青鵬の暴力問題で監督責任を問われ、処分を受けていました。部屋の再開が見通せず、角界を離れることとなりました。

平成時代以降の横綱の引退後の道—相撲界を離れた6人:曙、貴乃花、若乃花、朝青龍、日馬富士、白鵬

歴代最多の45度の優勝を誇る元横綱白鵬の宮城野親方(40歳)が、このたび日本相撲協会を退職することになりました。日本相撲協会は2日、東京で臨時理事会を開き、昨年4月から閉鎖されていた宮城野部屋、および宮城野親方の退職を承認しました。宮城野親方は昨年、元前頭北青鵬による暴力問題の監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受けました。それにより、部屋は閉鎖され、昨年4月に師弟共に伊勢ケ浜部屋へ転籍しました。平成時代以降に昇進した横綱は13名おり、そのうち11名が引退しています。その中で6名が角界を去りました。平成時代以降に昇進し引退した横綱たちは以下の通りです。旭富士:1990年秋場所で新横綱昇進、1992年初場所で引退、優勝4回→伊勢ケ浜親方★曙:1993年春場所で新横綱昇進、2001年初場所で引退、優勝11回→2003年11月に退職★貴乃花:1995年初場所で新横綱昇進、2003年初場所で引退、優勝22回→2018年9月に退職★若乃花:1998年名古屋場所で新横綱昇進、2000年春場所で引退→2000年12月に退職武蔵丸:1999年名古屋場所で新横綱昇進、2003年九州場所で引退、優勝12回→武蔵川親方★朝青龍:2003年春場所で新横綱昇進、2010年初場所で引退、優勝25回→2010年2月に引退(親方になる条件の日本国籍がない)★白鵬:2007年名古屋場所で新横綱昇進、2021年秋場所で引退、優勝45回→2025年6月に退職★日馬富士:2012年九州場所で新横綱昇進、2017年九州場所で引退、優勝9回→2017年11月に引退(親方になる条件の日本国籍がない)鶴竜:2014年夏場所で新横綱昇進、2021年春場所で引退、優勝6回→音羽山親方稀勢の里:2017年春場所で新横綱昇進、2019年初場所で引退、優勝2回→二所ノ関親方照ノ富士:2021年秋場所で新横綱昇進、2025年初場所で引退、優勝10回→照ノ富士親方

元横綱白鵬の宮城野親方が2日にも日本相撲協会を退職 多くの親方が「退職の意思は固い」と証言

歴代最多45度の優勝を誇る元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、今日2日にも日本相撲協会を退職する。同協会は2日に臨時理事会を実施。昨年4月から閉鎖となっている宮城野部屋、宮城野親方が提出している退職届について協議される。同親方は現在、式典出席のため出身のモンゴルに滞在中。本人への聴き取りはないが多くの親方が「退職の意思は固い」という。退職届が受理されれば歴代最多45度優勝の大横綱が去る。昨年、宮城野部屋の元前頭北青鵬の暴力が発覚し、宮城野親方は監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受けた。部屋は閉鎖、昨年4月に師弟ともに伊勢ケ浜部屋に転籍。その要因となった北青鵬が1日、都内で行われた元前頭旭大星の断髪式に出席。ハサミを入れると、報道陣を避けるように会場を後にした。ただ204センチの長身で独特の存在感は変わらず。にわかに騒がしくなってきた。

湊川親方、断髪式で熱いメッセージ「オレらはいつまでもライバルだ」元阿武咲が号泣** **

** 「オレらはいつまでもライバルだ」。この短い言葉には、多くの想いが凝縮されていました。一方は涙を流し、もう一方は懸命に涙をこらえていました。これは二人だけに分かる特別な瞬間で、特別な空気を持っていました。 昨年12月に引退した元小結、阿武咲こと打越奎也氏(28)が、東京の両国国技館で断髪式を行いました。約400人が参加し、師匠の阿武松親方(元前頭大道)の最後の一刀で、力士としての髷と別れを告げました。「最初は涙を我慢していましたが…」涙を流すまいと気をつけていましたが、「途中で、もう、こらえきれませんでした(笑い)」と涙をこぼしました。 小学生の頃からライバルだった元大関貴景勝の湊川親方(28)が土俵に上がった瞬間、涙が止められなくなることを打越氏は覚悟していたようです。青森の打越と兵庫の佐藤(湊川親方の本名)、同学年の二人は、小学生の頃から際立っていました。二人とも背の高さには恵まれませんでしたが、激しい立ち合いと激しい突き押しから相撲のスタイルは似通っており、「あいつには負けられない」と強く意識するようになりました。 打越氏が高校を中退し、湊川親方が高校卒業後に大相撲の道に入りました。湊川親方は引退後に「本当は打越と話したかったが、なれ合いたくなかったので、あえて話さないようにした」と語りました。生涯のライバルと決めた相手だからこそ、巡業で共に全国を旅しても一定の距離を保ちました。 そして、昨年9月の秋場所中に湊川親方が引退し、打越氏も12月に後を追うようにして引退を決めました。打越氏が引退を伝えた際、湊川親方に「オレら頑張ったよな」と返され、労をねぎらわれた時には涙が止まりませんでした。 この日、湊川親方は打越氏の髷にハサミを入れた後、東の花道を引き揚げてきて放心状態でした。「どのような声をかけましたか?」とたずねると、「本人に聞いて」と答え、続けて「どんな思いが込み上げてきましたか?」と聞かれると、支度部屋に近い通路の壁によりかかり、涙がこぼれないように上を見つめ、語り始めました。 湊川親方「終わったな、と。オレも打越も、本当に現役が終わったんだなと感じました。何と言うか…。他の人たちには起こらないような感情が湧いてきました。日本一を目指して、常に自分たちは突き進んできました。自分たちは(世間に)現れるのも早かったから、現役が終わるのも早かったと思います。でも、オレたち二人が平成8年生まれの世代を引っ張ってきた自信はあります。」 打越氏の存在が、自分を成長させてくれたと感謝の気持ちをあらわにしました。 そして、打越氏から湊川親方への思いも同じでした。 打越氏「本当にありがたいですね。人との出会い、縁に恵まれている人生だったと、改めて感じました。感謝やありがとうの言葉だけでは言い尽くせないような相撲人生でした。最高の相撲人生だったと思います。」 打越氏は相撲界を離れ、4月からはせっけんや化粧品、スキンケア商品などを扱う会社に入社しています。自宅のある千葉県から、勤務先の横浜市まで往復130~140キロを運転して通勤しています。接客や商品開発に取り組んでおり、大相撲の本場所は勤務中や移動中でほとんど見ることができないです。ただ、「自分で選んだ道。毎日が充実しています」と、新入社員として奮闘しています。 どんな道に進んでも、第2の人生でも努力を怠らない打越氏の性格を最もよく知るのが湊川親方です。舞台が変わっても、湊川親方は「日本一」と呼ばれる弟子の育成を目指し、打越氏は「日本一」と呼ばれる商品開発を目指しています。だから、湊川親方は敬意を込めて言ったのです。「オレらはいつまでもライバルだ」。第2の人生でも、どちらが先に「日本一」の称号を得るか競い合い続けることでしょう。 「いつかは、ゆっくり食事でもしながら話したい」。照れ笑いを浮かべながら同じ言葉を語る二人。そんな簡単にできそうでできないままの、不器用な二人です。それでも、互いにぶつかり合ってきた絆があります。意識し続けた最大の敵は、最高の理解者でもありました。【高田文太】

退職が濃厚な元白鵬・宮城野親方、千代の富士の誕生日を祝う – レジェンド横綱との貴重なツーショットを公開

日本の相撲界で史上最多45度の優勝を成し遂げた元横綱の白鵬、現在は宮城野親方(40)が、相撲協会からの退職が近いとされている中、1日にインスタグラムのストーリーズを更新しました。この日は、故人であり元横綱の千代の富士の誕生日であることを紹介し、「Yokozuna 千代の富士 誕生日今日です」「THANK YOU FOR EVERYTHING」と感謝の気持ちを表しました。彼のソーシャルメディアでは、千代の富士の60歳の還暦を記念した土俵入りの動画と、その際に宮城野親方自身が太刀持ちを務めた時の写真が掲載されています。また、二人の笑顔が印象的なツーショットも公開されており、31度の優勝を誇るレジェンド横綱への尊敬を示しています。現在、宮城野親方は父ムンフバトさんに関連する式典に出席するため、故郷のモンゴルに帰省中です。彼は日本相撲協会に退職届を提出しており、2日の臨時理事会でこの件について協議される予定です。

元横綱白鵬の宮城野親方SNSコメント殺到「退職しないで」の一方「次の世界に行っても応援」も

日本相撲協会を退職することが濃厚となった元横綱白鵬の宮城野親方(40)が31日、自身のインスタグラムを更新。18年に亡くなった父ムンフバトさんに関する式典に参加するために滞在中の故郷モンゴルでの様子を投稿した。晴天の下、ジャージーにサンダル、麦わら帽子の軽装巨大な像の前に立ち、「チャンピオンの父の像を国民に披露するために、チャンピオンの息子が到着。6月3日にセントラルスタジアムで皆様とお会いしましょう」などとつづった。ファンやフォロワーからも宮城野親方自身の進退について、さまざまな声が寄せられた。「絶対、退職しないでください」「考え直して下さい」「協会にはあなたが必要です」「絶対に宮城野部屋を再興されて下さい」「相撲協会に直訴したい気持ちです」などのコメントの一方、「どんな形になってもずっと応援しています」「協会に残っている今が幸せじゃないなら、親方の行動を応援します」「次の世界に行っても応援してます」「親方が今後どんな道や夢を描こうとしてるのかは当然分からないですが、それでも楽しみにしてます」「横綱の幸せを心より願っています」などの声もあった。

照ノ富士親方、「宮城野親方の退職の可能性」に関して「何も聞いていない」とコメント 二人の不仲報道には苦笑

大相撲の元横綱、白鵬(現・宮城野親方)の日本相撲協会からの退職の可能性が濃厚になっている件で、同じ伊勢ケ浜部屋に所属している照ノ富士親方(33歳、元横綱)は、「何も聞いていない」とコメントしました。彼は31日に東京の両国国技館で行われた尾車親方(元前頭琴恵光)の引退相撲に警備担当として来場し、その際にこの件について語りました。宮城野親方に関連しては、昨年宮城野部屋で師匠を務めていた際に、弟子の元前頭北青鵬による暴行が発覚しました。そのことから、宮城野親方は監督責任を問われ、2階級降格などの処分を受けました。部屋も事実上閉鎖され、昨年4月に宮城野親方は弟子とともに伊勢ケ浜部屋に移籍しました。その後は、伊勢ケ浜部屋に所属し、後進の指導に当たってきました。このような中、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は今月の本場所を最後に定年を迎えます。部屋は照ノ富士親方が継承する予定で、6月2日の臨時理事会で承認される見込みです。両者ともにモンゴル出身という背景があり、照ノ富士親方のもとで、宮城野親方は部屋付き親方として指導を続ける予定です。しかし、二人の関係は以前から良好ではなく、関係者によれば「互いに嫌悪感を抱いている」という報道もあります。そのため、宮城野親方が退職を意識している原因の一つとして、二人の不仲が挙げられています。この件について、照ノ富士親方は顔なじみの報道陣に対し、「何か、変なことが書かれていたな」と苦笑交じりに話しました。宮城野親方や宮城野部屋の今後については、6月2日の臨時理事会で協議される見通しです。

【ボクシング】開頭手術を受けた重岡銀次朗、「自発呼吸が可能。回復に向けて順調な経過」とジム会長が報告

プロボクシングの前IBF世界ミニマム級王者である重岡銀次朗選手(25、ワタナベ所属)が、24日の試合後に急性硬膜下血腫のため緊急の開頭手術を受けました。この件について、ワタナベジムの渡辺均会長は30日、公式サイトを通じて経過を報告しました。「重岡銀次朗選手は現在、自発呼吸が可能な状態まで回復しています。順調に回復に向けて進んでおり、彼自身も懸命に頑張っています。今後も経過を見ながら、随時情報を更新いたしますので、温かいご声援を引き続きお願い申し上げます。」重岡選手は大阪市で行われた試合で、現王者であるペドロ・タドゥラン選手(フィリピン)に挑戦し、12回の激闘を繰り広げましたが、判定で敗れた直後に意識が急激に低下し、緊急搬送されました。

宮城野親方、協会と部屋再開の認識違いが限界に 照ノ富士親方が「師匠」となるという不安も

歴代最多45度の優勝を誇る元横綱白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会を退職する意向であることが30日、協会関係者の話で明らかになりました。弟子の暴力問題が原因で自らの部屋が閉鎖され、昨年4月から伊勢ケ浜部屋に所属しています。関係者によれば、1年が過ぎた現時点でも宮城野部屋の処遇について協会理事会で正式な議論が行われておらず、部屋再開へ向けた見通しが立たないことが主な理由とされています。6月2日の臨時理事会で宮城野部屋の扱いについて協議される予定です。退職が正式に決まった場合、9日に宮城野親方が東京都内で記者会見を開く方向で調整が進められています。 ◇    ◇不祥事で昨年4月に部屋が一時閉鎖された宮城野親方(元横綱白鵬)は、部屋の再開を1年後と考えていました。さらに「相撲部屋は特別なもので、急に再開が決まってもすぐには準備ができない。早めに通知してほしい」とも漏らしていました。しかし、本人の期待とは異なり、日本相撲協会上層部の認識は異なりました。理事会や幹部の会合で宮城野親方の現状報告はあっても、部屋再開の話題は取り上げられなかったといいます。閉鎖期間がもう1年続くという情報もあり、「だから議題にならないのか」と納得する理事もいました。閉鎖当初から「あと1年」と考えていた宮城野親方の我慢は限界に達しました。一方、協会側は「特に期限は設けていない」との見解を示し、双方の認識の溝は埋まりませんでした。さらに伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が7月上旬に定年を迎え、後継者は照ノ富士親方(元横綱)が既定路線になっており、以前から折り合いが悪かったモンゴル出身の後輩が「師匠」となることへの不安も大きかったようです。現役時代の華々しい実績に加え、相撲の普及やファンサービスにも積極的だった宮城野親方。その存在が大きすぎるため、退職が現実となれば衝撃的です。ここに至るまで、本人とどれだけの話し合いが行われたのか。八角理事長(元横綱北勝海)をはじめとする協会幹部の説明責任が求められます。