【高校野球】世田谷学園・巨人の川相昌弘氏の四男、俊輔選手、「輝けるところまで輝く」サポート役でも力を発揮/西東京

世田谷学園には、西東京での優勝を目指す若き期待の星がいます。
川相俊輔選手(高校2年生)は、かつて「バントの神様」と呼ばれた巨人の2軍野手コーチ、昌弘氏の四男です。大会前は主力選手争いをしていましたが、「守備固めで起用されたにもかかわらず(練習試合で)エラーをしてしまった」ため、ベンチ入りは果たせませんでした。
それでも、その日彼はサポートメンバーとして、シートノックのボール渡しや外野でのボールパーソンとしての役割を全うし、チームの5回コールド勝ちを後押ししました。
「甲子園を目指すチームなので、少しでも貢献できることがあれば。」この献身的な姿勢は、かつて泥臭いプレーを見せた父の現役時代と重なります。
6人兄弟の末っ子である俊輔選手が野球を始めたのは小学2年生の時でした。「もともとは幼稚園でサッカーをしていた」のですが、父や巨人でプレーした次男の拓也さんの影響もあって「自分から興味を持ち始め、野球をやりたい」と転向を決意しました。
ただ、俊輔選手には葛藤もあります。
「プロ野球選手の子供ということもあり、(父や兄と自分を)比べてしまって、どんな立ち位置でやればいいのかが少し曖昧になっています。」
彼は、恥ずかしさからか、帽子で涙を隠すことを始めました。
中学時代には右脚の成長痛にも苦しみ、思うようなプレーができなかったといいます。それでも、「守備だけでもしっかり磨ければ」と、俊輔選手は決意し、50メートル6秒4の俊足と父から教わったハンドリングを武器に、過去にセンバツ出場歴もある世田谷学園で技術を磨き続けています。
身長169センチ、体重57キロと体格面では劣るものの、40年指導してきた成瀬智監督(61)も「バントも走塁も1軍レベルでセンスがある」と彼に惚れ込んでいます。
秋以降は主力として定着を目指します。3日に17歳の誕生日を迎えたばかりの俊輔選手は「小技や守備で輝けるところまで輝きたい」と誓いました。夢の甲子園、そして偉大な父と兄の背中を追い続けます。【泉光太郎】