あの瞬間には、やはり意味があったようだ。 話題は少し前に遡るが、11日の西武戦(ベルーナドーム)での出来事が記憶に引っかかっている。 白熱した投手戦の中で、坂本誠志郎が突然、マウンド上の伊藤将司に強い球を投げ返した。興味深いその一球について、後日、坂本に尋ねると、彼はニヤリと微笑んだ。 「『ストライクになったらラッキー』って感じだったので。120キロくらいのスピードで投げ返したら、マサシが『えっ!?』ってなってましたね」 要するにこういうことだ。坂本が求めた球が来なかったのに、判定はストライクだった。伊藤が結果オーライな雰囲気を醸し出すのを感じ取り、坂本は強い球を返すことで「しっかり投げろ」というメッセージを送ったのだ。キャッチャーは1試合に3回(延長戦に入ると1回しか)しかマウンドに向かえない。その貴重な3回を温存して意図を伝えるために、あの場で返球を利用したのである。 普段の坂本は、特にランナーがいないとき、捕球後すぐに返球するタイプだ。 「相手に考えさせたくないし、『さあ来い』という状況を作りたくない。テンポを速くしたほうが、ディフェンスがやりやすくなりますしね」 ただし、その間合いも時と場合による。負けている場面で流れを変えたいときは、一気にテンポを速める。逆に、勝負どころや投手がストライクやアウトを急いで欲しがっている時は、あえて時間をかけて返球する。そして、特定のメッセージを投手に伝えたいときには、突然大きなフォームで強いボールを投げ返すこともある。 「野球はただ打つ、打たない、抑える、抑えないだけじゃない。捕手はちょっとしたきっかけで試合を動かすポジションにありますから」 ちなみにこの2人のやりとりには後日談がある。西武戦の後、坂本は伊藤将と食事を共にした。後輩の左腕はその席で「『うわっ、怒ってる』ってビビりました」と振り返ったという。先輩捕手の思いはしっかりと伊藤に伝わっていたようだ。 伊藤将は今季初先発した11日の西武戦で7回2/3を無失点に抑えた。続く18日のロッテ戦でも6回1失点で、自身347日ぶりの白星を手にした。投手を立てながらも、叱咤激励もいとわない。頼りになるキャッチャー、坂本誠志郎の存在感は今季も際立っている。【野球デスク=佐井陽介】