プロボクシングWBC世界バンタム級1位の那須川天心さん(26=帝拳)は、WBA同級6位ビクトル・サンティリャン選手(29=ドミニカ共和国)に3-0の判定勝利、世界前哨戦を見事クリアしました。11月には世界挑戦が予定されています。ボクシングデビューからわずか2年2カ月、那須川選手が日刊スポーツに手記を寄せてくれました。
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世界前哨戦をクリアしたものの、私にとって「世界挑戦」はまだジャンプの直前です。今はひざを深く曲げ、バネをため込んでいる状態です。世界のベルトを掴むまでは準備期間であり、まだ道の途中にいます。爆発する瞬間は、世界のベルトを巻いたときですね。
周りからは態度が大きいと言われるし、「ちゃらんぽらんな兄ちゃん」と思われているかもしれません。しかし、態度は大きくても、実際に見えていること以外は言っていません。地に足をつけている自負があります。そのことをまず伝えたいです。
デビューから2年2カ月。順調に見えるかもしれませんが、ボクシングの基礎を身に付けるまでには時間がかかりました。何度も苦労し、大きな壁に直面することもありました。
昨年7月のロドリゲス戦前では、スパーリングでも全く上手くいかず、泥沼状態でした。普通なら他の道を探るかもしれませんが、私はあえてその泥沼にはまり、もがき抜きました。すると気が付いたときには泥沼から抜け出していました。まるで泥パックをして肌がスベスベになったように。
1日約2時間の練習ですが、非常に集中しているため、体感では何十時間ものように感じます。まるで「精神と時の部屋」ですね。それだけ極限まで追い込んできました。会長や粟生トレーナーのアドバイスを一言も漏らさないように、全身の感覚を研ぎ澄ませています。まだ2年ですが、倍以上の経験を積んでいる感覚です。
周りは「天才」や「神童」と呼びますが、自分はそうではありません。格闘技は地道な努力の積み重ねが重要で、一夜にして強くなれるものではありません。
おそらく格闘技の中でボクシングが一番難しいです。自分はキックやアクロバティックな技が得意ですが、ボクシングには厳しいルールが存在します。その基礎をしっかりと身につけた上で、自分のスタイルを加えていければ、よりボクシングを楽しめると思っています。
ボクシングへの挑戦状を宣言したときの気持ちは変わっていません。今も「キックからの外敵」として見られることはありますが、批判も含め多くの注目を受けてボクシング界が盛り上がるなら、それで良いと思っています。注目される分だけお返しをしたいです。
日本のボクシングに対する熱意を強く感じます。流行に惑わされず、歴史と伝統を地道に守り抜いてきた結果、多くの支持を集め、そして盛り上がっています。だからこそボクシングに真摯に向き合い続けています。それがこの競技に対する礼儀です。強くなるためには誠意を持って取り組む。それが私のスタンスです。(WBCバンタム級1位・那須川天心)
※「精神と時の部屋」は、人気アニメ『ドラゴンボール』に登場する、お坊様の神殿内にある特殊な部屋で、1日で1年分の修行ができると言われる場所。